乳歯は最高の保隙装置|永久歯の場所を守る乳歯の仕事|鴻巣市の小児歯科
乳歯の仕事は、噛むことや話すことだけではありません。次に生えてくる永久歯のために、その場所を取っておくこと——あまり語られない、もうひとつの仕事があります。
「乳歯のむし歯なので、そこまで急がなくても大丈夫でしょうか」——鴻巣市のはぎわら歯科こども歯科クリニックにも、こうしたご質問が届きます。
乳歯の仕事といえば、食べること、話すこと、顔つきをつくること。このあたりを思い浮かべる方が多いと思います。ただ、もうひとつ、あまり語られない仕事があります。次に生えてくる永久歯のために、その場所を取っておくことです。
歯科ではこれを「保隙(ほげき)」と呼びます。すき間を保つ、と書きます。装置を使って人工的に行うこともあるのですが、本来この役目をいちばん上手にこなしているのは、ほかでもない乳歯そのものです。このコラムでは、その仕事の中身を研究の報告とあわせて見ていきます。歯並びに関わる原因を全体から知りたい方は、歯並びが悪くなる原因のコラムもあわせてご覧ください。
乳歯は、となりの歯と支え合って場所を守っています
お口の中で、歯は1本ずつ独立して立っているわけではありません。となりの歯と側面で軽く触れ合い、列としてお互いを支え合っています。この触れ合っているところを接触点と呼びます。
接触点があるおかげで、歯は横に倒れこんだり寄っていったりせず、自分の幅の分だけ場所を占め続けることができます。乳歯が場所を守れるしくみは、特別な何かではなく、この「となりと触れ合っていること」に支えられています。
逆にいえば、触れ合いが失われれば、その支えもなくなります。ここが、このコラムでいちばんお伝えしたいところです。
4歳で奥の乳歯を失うと、次の歯が来るまで7〜8年あります
乳歯がどのくらいの期間その場所を守っているのか、数字で見てみます。
日本人のお子さま30,825人を対象にした調査(2019年報告)では、いちばん奥の乳歯(第二乳臼歯)と入れかわる第二小臼歯が生えてくるのは、男子で11歳8〜9か月ごろ、女子で11歳6〜8か月ごろと報告されています。
つまり、もし4歳で第二乳臼歯を失うことになった場合、その場所は7年から8年のあいだ、誰かが守り続けなければならないことになります。小学校に入る前から、卒業間近まで。ずいぶん長い期間です。
その長い時間を、痛みもなく、外れることもなく、24時間ずっと担当していたのが乳歯そのものでした。乳歯が「場所を守る」というとき、実際にはこれだけの年月の話をしています。生えかわり全体の流れや相談の時期については、生えかわりと矯正相談のコラムにまとめています。
抜けていなくても、もう始まっています
「早くに抜けてしまったら困る」——ここまではイメージしやすいと思います。ただ実際には、もう少し手前から始まっているようです。
ブラジルの6〜7歳のお子さま232名を対象にした調査(2020年報告)では、乳臼歯の状態を4つに分けて、歯列の長さを比べています。
- むし歯のない歯
- むし歯で穴が開いているが、となりの歯との接触点は保たれている歯
- むし歯で穴が開き、接触点が失われている歯
- 乳臼歯を失っている
結果は、次のように報告されています。
- 穴が開いていても接触点が保たれていれば、むし歯のない歯とほとんど差がなかった
- 接触点が失われていた場合は、上あごで約0.4mm、下あごで約0.8mm短くなっていた
- 歯そのものを失っていた場合は、上下とも約1.5mm短くなっていた
読み取れるのは、変化が始まるのは「抜けたとき」ではなく「となりの歯と触れ合えなくなったとき」だということです。歯はまだお口の中にあるのに、場所を守る仕事のほうは先に手放しはじめている——そういう状態があるのです。
ただしこの調査は、ある一時点のお口を比べたもの(横断研究)です。「接触点が失われたから短くなった」という前後関係までは確かめられていませんし、対象はブラジルのお子さまですので、日本のお子さまにそのまま当てはまるとは限りません。それでも、段階を分けて比べたという点で参考になる報告です。
米国小児歯科学会の文書には、むし歯になった乳歯は可能なかぎりもとの形(original morphology)に戻すように修復すべきという考え方が示されています。詰めものをするのは、痛みを取るためだけではありません。その歯が持っていた幅をもう一度となりの歯に届かせて、場所を守る仕事に戻ってもらうためでもあります。
ですから乳歯のむし歯は、早く見つけて、形を戻すことに意味があります。そもそも穴を開けないための毎日の工夫は、おやつの回数と与え方のコラムにまとめていますので、あわせてご覧ください。
失ったあと、実際にどれくらい場所が減るのでしょうか
では、乳歯を失ったあとにスペースはどのくらい減るのでしょうか。ここは数字に幅があるところですので、報告を並べてみます。
5〜10歳のお子さま計477名を含む11の研究をまとめた解析(2023年報告)では、同じお子さまの左右を比べる方法で、抜歯から6〜24か月後のスペースの減り方が次のように報告されています。
- 上あご 約0.65mm / 下あご 約1.24mm
- 下あごの第一乳臼歯だけを見ると約1.47mm(ただし2つの研究のみ)
別のまとめ(4〜9歳・上あご141名/下あご171名・8〜12か月の追跡)でも、上あごで約0.52mm、下あごで約1.78mmと報告されています。研究は違っても、下あごのほうが減り方が大きい傾向という点は共通しています。
これらに含まれる個々の研究は質にばらつきがあるとされ、長期間追跡したデータも不足しています。上あごではある程度自然におぎなわれるという報告もあり、どの歯かによっても結果は変わります。何より、減り方は一人ひとり違います。ですから当院も「抜けたら◯mm動きます」という言い方はしません。一律に決めるのではなく、お口を見て判断すべきことだと考えています。
数字そのものより大切なのは、上あごと下あご、そしてどの歯かによって事情がまったく違うということです。同じ「乳歯を1本失った」でも、必要な対応が同じになるとはかぎりません。
ぶつけて前歯を失ったときは、どう考えるのでしょうか
むし歯とならんで乳歯を失う原因になるのが、転んだりぶつけたりといった外傷です。
国際歯科外傷学会のガイドライン(2020年)によると、乳歯の外傷は2〜6歳にもっとも多く、0〜6歳ではお口のけがが全身のけがの18%を占め、口は体のなかで2番目にけがをしやすい場所とされています。乳歯の外傷を経験する割合は、世界全体で22.7%と報告されています。転ぶこと自体は、この年ごろのお子さまにとってごくふつうの出来事です。
「抜けた歯は牛乳に入れて持っていけば戻せる」と聞いたことがあるかもしれませんが、これは永久歯についてのお話です。国際歯科外傷学会のガイドラインは、抜け落ちた乳歯を植えなおすことを推奨していません。誤って飲み込んだり気管に入ったりする危険があること、あとから生えてくる永久歯に影響するおそれがあることが理由です。歯は持ってきていただいて構いませんが、まずはお子さまの状態を優先して、落ち着いて受診してください。
前歯の保隙は、必要とも不要とも決まっていません
では、前歯を失ったあとに場所を取っておく必要はあるのでしょうか。ここは正直にお伝えします。文献のうえでは、必要とする立場と不要とする立場のどちらもあり、質の高い研究が足りず結論が出ていません(2021年のレビュー)。失った歯の本数、失った時期、噛み合わせの状態によって、考え方が変わってくるためです。
ですからご家庭で「前歯だから大丈夫」とも「前歯でも入れたほうがよい」とも決めきれません。一度見せていただいて、そのお子さまの状態から判断するところからになります。
いちばん避けたいのは、抜いたままにしておくことです
ここまで読んでいただくと、お伝えしたいことがはっきりしてきます。乳歯は、7年でも8年でも、外れることなく、みがきにくくなることもなく、違和感もなく、その場所を守り続けます。作り替えも要りません。これだけの仕事をこなす装置は、人工では作れません。乳歯は最高の保隙装置だ、というのはそういう意味です。
だからこそ、その乳歯を失ったときに何もしないまま時間が過ぎていくこと、それがいちばん避けたい状態だと当院は考えています。抜いた直後は、ぽっかり空いたすき間があるだけに見えます。けれども、その場所をめぐる変化は、目に見えないところで静かに進みます。そして減ってしまった場所は、あとから「戻してください」と言っても、そう簡単には戻りません。
米国小児歯科学会も、乳歯を早くに失ったときには保隙を検討するのが賢明であると述べています。当院も同じ立場です。抜いて終わりではなく、抜いたあとの場所をどう守るかまでが、ひとつの治療だと考えています。
失った時期や場所によっては、すぐに装置を入れず経過を見ることもあります。ただしそれは、決められた間隔で確認しながら、必要になった時点で手を打つという計画があってのことです。次に歯科に行くのが数年後、というのとは意味がまったく違います。
ただし、入れて終わりの装置ではありません
保隙が必要だとお伝えする以上、装置についても正直に書いておきます。保隙装置がそのまま使い続けられた期間は多くが2年未満だったという報告があります(複数の研究をまとめたレビュー)。うまくいかなくなる理由でもっとも多いのは接着しているセメントが外れることで、およそ22%、装置が壊れるものが5〜11%と報告されています。
米国小児歯科学会も、保隙装置に起こりうることとして次のような点を挙げています。
- 外れる・壊れる・なくす
- まわりに汚れ(プラーク)がたまりやすい
- むし歯ができる
- あとから生えてくる永久歯の妨げになる
- 望まない歯の移動が起きる
- 歯ぐきを圧迫して痛みが出る
また同学会は、保隙装置が歯並びの乱れを防ぐ・軽くする効果について、専門家のあいだの一致した見解も証拠もまだ十分ではない、とも述べています。ですから当院も「装置を入れれば歯並びの心配がなくなります」とは申し上げません。装置は、場所を守るための手段であって、歯並びを約束するものではないからです。
これは「だから入れなくてよい」という意味ではありません。むしろ逆で、入れたあとに見続けることまでをセットにして、はじめて意味のある処置になるということです。入れっぱなしにしないこと。それが、この処置でいちばん大事な条件だと考えています。
なお、これは「だから抜かないほうがよい」という意味でもありません。残すことがむずかしい歯を無理に置いておけば、痛みが出たり、あとから生えてくる永久歯に影響したりすることもあります。必要な抜歯は適切な時期に行い、そのうえで、そのあとの場所をどう守るかまで含めて考えていく——これが当院の立場です。
装置を入れる技術より、長く見守る体制が要ります
保隙装置は、入れたらそれで完了というものではありません。次の歯が生えてくるまでの長い期間、次のようなことを繰り返し確認していく必要があります。
- ゆるんでいないか、外れかけていないか
- あとから生えてくる永久歯の邪魔になっていないか
- 装置のまわりにむし歯ができていないか
- 成長に合わせて、作り替えたり外したりする時期が来ていないか
つまり保隙は、装置を入れる技術よりも、長く見守る体制のほうが問われる処置だと当院は考えています。数年単位でお子さまの成長を追いながら、そのつど判断していくものだからです。
まとめと、相談の目安
最後に整理します。
- 乳歯には、次の永久歯のために場所を取っておくという仕事があります。4歳で奥の乳歯を失えば、7〜8年の担当です
- そのしくみは「となりの歯と触れ合っていること」に支えられており、抜けていなくても接触点が失われた時点から変化が始まっていたと報告されています
- むし歯を治すことには、その歯の幅をとなりの歯に返すという意味もあります
- 失ったあとにどれくらい場所が減るかは、上下・部位・お子さまによって大きく違い、一律の数字では語れません
- 抜け落ちた乳歯は植えなおしません。前歯を失ったあとの保隙は、必要・不要の結論が出ていないため、診察での判断が要ります
- いちばん避けたいのは、抜いたまま何もせずに時間が過ぎることです。米国小児歯科学会も、早くに失ったときは保隙を検討するのが賢明だと述べています
- ただし装置は入れて終わりではありません。外れる・汚れがたまるといったことも起こるため、生えかわりまで見続けることまでが処置です
こんなときは、一度見せていただけると安心です。
- 乳歯にむし歯が見つかった、黒い点や欠けが気になる
- 歯と歯のあいだに食べものがはさまるようになった
- 転んで歯をぶつけた、ぐらついている、抜けてしまった
- むし歯や外傷で乳歯を抜くことになった、すでに抜けた場所がある
- 保隙装置を使っているが、しばらく見てもらっていない
はぎわら歯科こども歯科クリニックでは、日本小児歯科学会認定医である院長が、お子さまの成長段階を確認しながら診療しています。保隙が必要かどうかも含めて、お口の状態を見たうえでご説明します。診療の内容は小児歯科のページをご覧ください。
なお、保隙の処置には健康保険が適用される場合があります。適用の可否は状態によって決まりますので、詳しくは診察の際にご説明します。
「乳歯はどうせ抜けるから」ではなく、「乳歯には、そういう仕事もあるらしい」。それだけ知っていただけたら十分です。そのうえで、治せるむし歯は早めに治し、やむを得ず抜くことになったときは、抜いたままにせず、そのあとの場所をどう守るかまで一緒に決めていきましょう。鴻巣市の当院でお待ちしています。
よくあるご質問
乳歯のむし歯は、生え変わるのだから治さなくてもよいのでは?
乳歯にはもうひとつ、次に生えてくる永久歯のために場所を取っておくという仕事があります。その仕事は、となりの歯と軽く触れ合っていること(接触点)に支えられています。ブラジルの6〜7歳232名を対象にした調査(2020年報告)では、むし歯で穴が開いていても接触点が保たれていれば、むし歯のない歯とほとんど差がなかった一方、接触点が失われていた場合は歯列が上あごで約0.4mm、下あごで約0.8mm短くなっていたと報告されています。ある一時点を比べた横断研究で、対象も日本のお子さまではないため、そのまま当てはめることはできませんが、参考になる報告です。
米国小児歯科学会の文書にも、むし歯になった乳歯は可能なかぎりもとの形に戻すように修復すべきという考え方が示されています。治療は痛みを取るためだけでなく、その歯の幅を返すためでもある、とお考えいただけたらと思います。実際にどうするかは状態によりますので、まずはご相談ください。
乳歯を早く失うと、必ず歯並びが悪くなりますか?
必ずそうなる、とは言えません。乳歯を早くに失うと、となりの歯が寄ってきてスペースが減ることがあるとは報告されていますが、減り方は上あごと下あご、どの歯か、お子さまによって大きく異なります。複数の研究をまとめた報告でも、上あごで約0.5〜0.65mm、下あごで約1.2〜1.8mmと幅があり、上あごではある程度自然におぎなわれるという報告もあります。長期間追跡したデータも不足しています。
ですので「抜けたから必ずこうなる」とも「放っておいて大丈夫」とも申し上げられません。失った時期と場所、噛み合わせの状態を見たうえで、保隙が要るかどうかも含めてご説明します。歯並びの成り立ち全体については歯並びが悪くなる原因のコラムもご覧ください。
保隙装置は保険が使えますか?
保隙の処置には健康保険が適用される場合があります。ただし適用の可否は、失った歯やお口の状態によって決まりますので、診察のうえでご説明します。費用のご心配がある場合も、遠慮なくお申し出ください。
費用よりも先にお伝えしたいのは、抜いたあと何もしないまま時間が過ぎることは避けたい、ということです。米国小児歯科学会も、乳歯を早くに失ったときは保隙を検討するのが賢明だと述べています。そのうえで装置は入れて終わりではなく、外れていないか、まわりにむし歯ができていないか、あとから生えてくる永久歯の妨げになっていないかを見続ける必要があります。入れるかどうかの判断と、そのあと長く見ていくことを、セットでご相談ください。
本コラムは一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の治療の効果や結果を保証するものではありません。症状やお口の状態には個人差があります。気になる症状がある場合は、自己判断せず歯科医院にご相談ください。
お子さまのお口のこと、気軽にご相談ください
鴻巣市のはぎわら歯科こども歯科クリニックでは、小児歯科・予防矯正・口腔育成を通じて、お子さまの健やかな成長をサポートしています。まずはお口の状態をチェックしてみませんか。


